飛鳥山動物病院 徒然日記

飛鳥山動物病院のスタッフブログです!

【文献紹介】わんちゃんに年1回歯科処置すると,死亡リスクが18%も下がるって本当ですか?

久しぶりの投稿です…焦

今日は,先日いただいた飼い主様のご質問に,

文献情報をふまえてお答えしたいと思います.

 

この記事を3行で解説

・「犬への年1回歯科処置が,死亡リスクを18%下げる」と提唱する文献があります.

・しかしこの文献には「肛門嚢を頻繁にしぼると死亡リスクが9%下がる」ともとれる結果も記載されています.

・当院の考え:歯科処置で死亡リスクが18%もさがるのか,この文献だけでは明言できないと思います.(歯科処置の有効性を否定する記事ではありません)

 

歯科処置(スケーリング)ってなんですか?

 歯の表面に付着した,固い汚れ(歯石)を除去する処置のことです.

 歯石を放置すると,口の痛みを招いたり,

 歯肉が痩せ歯がグラグラになったりします.

 当院でも定期的な歯石除去をおすすめしています.

 

「犬に毎年スケーリングすると,死亡リスクが18%もへった!?って本当ですか?」

 そのように「考察」している文献があるのは事実です.

 以下がその文献のタイトルです.

J Am Anim Hosp Assoc.May/Jun 2019;55(3):130-137.
Risk Factors Associated with Lifespan in Pet Dogs Evaluated in Primary Care Veterinary Hospitals.
Silvan R Urfer, et al.

アブストラクトの日本語翻訳はこちら↓

http://blog.livedoor.jp/asukayamaah/archives/26546343.html

文献原文はこちら↓(本文閲覧は有料です)

PMID:30870610

 

この文献を紹介する前に,

一般の方にもご理解いただけるよう,

文献の構成について,ざっくりと説明します.

 

基本的に学術文献は,以下のように構成されています.(例外もあります)

 背景:なぜこれを調べるのか

 材料と方法:どうやって調べたのか

 結果:どんな情報が得られたのか

 考察:結果から、どんな推論ができるのか

大切なのは,

結果は,客観的な事実情報だけど,

考察は,文献を書いた人の主観的な推論が多い,ということ.

ここをふまえたうえで,先の文献をご紹介します.

                                      

【文献紹介】

Risk Factors Associated with Lifespan in Pet Dogs Evaluated in Primary Care Veterinary Hospitals.
Silvan R Urfer, et al.

2019年J Am Anim Hosp Assoc.にて報告された文献です.

 

背景:

 ホームドクターに来院するわんちゃんは,

 どんな子が寿命が長いのだろう?

 

方法:

 2010年1月から2012年12月までの3年間,

 アメリカの一次診療施設(ホームドクター)を受診した犬を調べました.

 生後3ヶ月齢以上で,少なくとも2回以上受診していることが条件です.

 過去のカルテ情報を読み返して調査しました.

 

調べた内容:

 犬種(雑種かどうか),体格,性別,避妊去勢の有無,

 その他,影響のありそうな項目を抜粋し,

 それら項目のある・なしで,

 期間内に死亡するリスクが変わるのか,統計学的に調べました.

 

 死亡リスクの評価は,「ハザード比(HR)」を利用しました.

 ハザード比というのは,

 Aという条件でのイベント発生率を1とした場合に,

 Bという条件では発生率がいくつになるか?を比べた数値です.

 

 例えば,たばこを吸わない(A)場合の肺がん発生率を1として,

 喫煙する(B)場合の肺がん発生率が1.3だったならば

 「喫煙者の肺がん発生ハザード比は1.3で,

  吸わない人よりも30%,発がんリスクがあがる」と評価します.

 

結果:

 対象犬約237万頭中,約18万頭が調査中に亡くなりました.

 純血種よりも雑種,大型犬よりも小型犬のほうが長生きでした.

 避妊去勢していない犬は,死亡ハザード比が高くなりました.

 頻繁に歯石除去をしていた犬と,

 頻繁に肛門嚢しぼりをしていた犬は死亡ハザード比が低くなりました.

 頻繁に通院していた犬の死亡ハザード比は高くなりました.

 

 各項目の死亡ハザード比(抜粋)

 頻繁なスケーリングをしていた:HR 0.817

 頻繁な肛門嚢しぼり     :HR 0.916

 頻繁な通院         :HR 1.095

 

文献著者の考察

 今までも,避妊してあると長く生きる,小型犬は長生きだと言われていて,

 私たちが調べた今回も,その傾向がみられました.

 加えて,超音波歯石除去は頻繁にすることと,

 雑種犬であることも,長生きの要因なのかもしれません(推論).

                                      

 

飛鳥山動物病院のコメント

 この文献著者は,考察内で,

 「頻繁に歯石除去している犬は,死亡ハザード比 0.817,

  死亡リスクが18%下がった!」と推論しています.

 

 しかし,この考察に沿って解釈すると

 「頻繁に肛門嚢しぼりをしている犬は,死亡ハザード 0.916,

  死亡リスクが9%下がった!」

 「頻繁に病院に通っている犬は,死亡ハザード 1.095,

  死亡リスクが9%増えた!」

 とも考えねばなりません.

 

 肛門嚢を絞ると寿命は伸びて,

 頻繁に通院すると寿命は減るのでしょうか?

 もちろん,これも明言することはできません.

 

 ただし,このような解釈もできると思います.

 頻繁な肛門嚢絞り→ 一緒に頻繁な身体検査→ 病気を早期発見 → 死亡リスク低下

 この場合,寿命に影響を与えたのは「頻繁な身体検査」であって

 肛門嚢絞りではないかもしれません.

 (このように,一見表に出ていないけれど,

  因果関係をつないでいる要素のことを交絡因子といいます)

 

 同じように,定期的な歯科処置と,死亡リスクが下がることの間に

 何らかの交絡因子があるのでは?とも考えられるのです.

 (例:定期的に歯科処置をする犬は,定期的に術前検査をしているので

  結果として病気の早期診断・早期治療につながる、など)

 

当院の考え:

 いろいろ書いてしまいましたが,

 歯科スケーリング処置は,犬の健康維持に有効な治療法です.

 当院でも積極的におすすめしています.

 

 ただし,今回の文献情報をもって

 「年1回歯科処置をすると,死亡リスクが18%下がります」と言えるのかというと,

 この文献の結果だけでは,明言できないとも考えています.

 

 ですので,どうか一般の方・飼い主様は

 「歯科処置をしないと,死亡リスクが高くなってしまう!!」と

 この情報に固執されずに,

 その子に一番負担がない,なおかつ健康維持に貢献する方法を

 かかりつけの先生とよく相談しながら選んでいってください.

 

注意)

 本記事の内容は,十分に注意して翻訳・投稿いたしましたが,

 なにぶん勉強不足もあり,間違いや誤訳がある可能性も否定できません.

 至らない点,どうかご了承ください.

 一般の方は,本記事の内容について慎重にご判断なさり,

 ご不安がある際には,かかりつけの先生にご相談をなさってください.

 

飛鳥山動物病院 獣医師 川口悠爾